Coulee de Serrant (Nicolas Joly)

クレ・ド・セラン (ニコラ・ジョリー)

フランス:ロワール

 

 

ビオディナミの伝道師のワイン

 クレ・ド・セランは1130年にシトー派修道院により植えられた由緒ある葡萄畑で、現在はジョリー家が所有しています。この名醸畑はロワール川に張り出した険しい傾斜地にあり、栽培・収穫はすべて馬と手作業で行われています。そのワインはブルボン王家の時代から名高く、ルイ11世、ルイ14世がわざわざこの畑を訪れたといわれています。また美食の大家キュルノンスキーは「イケムと並ぶフランス5大白ワインのひとつ」と称えています。
 現在の当主であるニコラ・ジョリー氏は、1977年にニューヨークの銀行家としての生活から、母親の経営するワイナリーに戻りました。当初は農薬を使用していましたが、「ビオディナミ」と出会い、1980年から部分的に、1984年からすべての畑に導入しています。
 テクノロジーやテクニックに依存し、画一されたワインの氾濫を憂いたジョリー氏は、「おいしいワインである前に、その土地固有の繊細さを表現した本物のワインでなくてはならない。」というAOC(原産地呼称統制)法の原点への回帰を提唱しています。現在は世界中で栽培者への啓蒙や講演活動を行い、「ビオディナミの伝道師」とも呼ばれています。
 
◆ワインつくり
 1984年に全面的にビオディナミを導入して以来、栽培面では若干の硫黄とボルドー液を除き、化学製品等は一切使用していない。クローン反対派のジョリー氏は、クレ・ド・セランにある樹齢80年以上の古木から接木し、植え替えに使用している。収穫は全て手摘みで、房ごとの熟し度合いに応じて数回に分けて行われ、その期間が2ヶ月に及ぶこともある。
 醸造面では、人工酵母を使用せず、発酵時の温度コントロールもしない。またデブルバージュ、澱引き、コラージュも行わない。主に古樽で数ヶ月間熟成後、瓶詰め前にフィルター処理をごく軽く行う。
 
2001年、同氏はビオディナミの団体「Return to Terroir」を創立、12カ国、約150生産者がこの団体に所属しています。また、彼はこの団体を通し、世界中で講演し、原点へ回帰を提唱しています。2002年から娘のヴィルジニー、近年は息子のヴァンサンも加わり家族でニコラの意思を引継いだワイン造りを行っています。


 
ニコラ・ジョリー氏曰く
 ビオディナミでつくられたワインは必ずしも美味しいとは限らないが、栽培地の繊細さを表すという意味では「本物」である。例えば音楽が心地よく響くための条件としては、良い音楽家と楽器と楽譜が必要だ。それと同じことが栽培者と土地と農法に当てはまる。
 
 

 
Blanc
2021  サヴィニエール・レ・ヴュー・クロ
¥8,220
2021  ロッシュ・オー・モワンヌ・クロ・ド・ラ・ベルジュリー
¥10,300
2019  ロッシュ・オー・モワンヌ・クロ・ド・ラ・ベルジュリー
¥8,600
2021 クロ・ド・ラ・クーレ・ド・セラン
¥14,800
 

 
Column(輸入元資料より)
 
当主のニコラ・ジョリーはとにかくパワフルで好奇心が旺盛な人だ。取材やセミナーは時間内で収まることが少ない。彼の好奇心がドンドン膨らみ、相手に伝えたいことが次々と湧き出て、話題があちらこちらへ飛んでいく。
彼のビオディナミのセミナーは一見難しく思える。現代に生きる私たちにとって、自然の法則を身体で実感する機会が減ってしまったことと、彼が少しでもビオディナミを知って欲しいと、幅広い多くの情報を伝えようとするからだろう。しかし1対1で話を聞くと、実はシンプルだ。化学的なものを使いバランスを崩してしまった自然のバランスを取り戻すこと。そしてその場所で育った植物や動物の力を借りて、バランスを高めてあげること。
決して現実離れした話ではなく、非常に論理的だ。前職は金融マン。様々なファクターを収集、分析し、実行していく。ワイン造りでもそれは行われている。そして、そこに自然への愛情がプラスされているのだ。

彼のワインもまた、「難解ワイン」と言われることがある。私も最初はそう思っていた。しかし、難しいという周囲の評価やワインとはこういうものという定義に縛られていただけだった。確かに、早めに抜栓したり、デキャンタしたりしないと開いてくれない。でも一度姿を見せてくれると、パワフルだと思っていたワインが様々な料理と優しくマリアージュしてくれる。なんと包容力と穏やかさを持つワインなのか!

彼と会う時、彼のワインを飲む時は、あせってはいけない。じっくりと向かい合うため、長い時間を用意しておこう。きっと心を開いてすべてを見せてくれるはずだ。そして、その包容力に、いつの間にか心地よい気分にさせてもらっているだろう。

来日すると人気が高いため過密スケジュールとなるが、それでも移動や休憩の間も話し続け、「これで60代後半とは」と圧倒されてしまう。