ル・ノンブル・ドール誕生の経緯【宮武酒店.com】

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ル・ノンブル・ドール誕生の経緯

ル・ノンブル・ドール カンパナエ・ウェテレス・ウィテス

Le Nombre d'Or Campanae Veteres Vites

 18世紀に現存した真のシャンパーニュの個性を現代に蘇らせるとともに、失われた葡萄品種を通してシャンパーニュの新たな可能性への扉を開く革命的シャンパーニュ"ル・ノンブル・ドール カンパナエ・ウェテレス・ウィテス”。200年に渡る歴史の重みと21世紀のシャンパーニュのグランド・デザインを垣間見せる至宝の味わい。

 シャンパーニュのブドウ品種といえば、すぐにシャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエの3品種が思い浮かびます。しかし、シャンパーニュに使える品種はこの3種類だけではなく、既出の3品種以外にも、アルバンヌ(Arbanne)、プティ・メリエ(Petit Meslier)、フロモントー(Fromonteau)、アンフュメ(Enfume)といった古代品種、そしてピノ・ブラン(Pinot Blanc)も使用することが可能だったのです。事実、18世紀のシャンパーニュは古代品種4種に加え、シャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエをアッサンブラージュした正にアッサンブラージュの妙をたくみに表現したものであったことが伝えられています。しかし,歴史の流れのなかでこれらの品種はシャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエに凌駕され、現在ではシャンパーニュはおろか、フランスでも絶滅しつつある希少な品種となってしまいました。

 この希少な古代品種(アルバンヌ、プティ・メリエ、フロモントー、アンフュメ)を使い、シャンパーニュを造り上げたのは、オブリ・フィスです。ことの発端は1986年、ドメーヌの200周年を1991年に祝うために、スペシャル・キュヴェを造ろうと計画したことからでした。彼らは、18世紀に彼らの祖先が造っていたシャンパーニュ、つまり古代品種4種とシャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエ3品種の合計7品種をアッサンブラージュしたシャンパーニュを現代に蘇らせようと考えました。しかし、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。なぜなら、既述の通り、アルバンヌ、プティ・メリエ、フロモントー、アンフュメといった18世紀以来のシャンパーニュの伝統品種が、すでにシャンパーニュはおろかフランス全土でも絶滅しつつある品種であったからです。このため、ドメーヌの200周年を祝う1991年に間に合わせることはできませんでしたが、18世紀に現存したシャンパーニュを現代に蘇らせたい・・・という彼らの情熱は変わりませんでした。

 ブドウ品種の研究で世界的に名高いモンペリエの国立農学学士院で醸造学を学び、農業技師の免状を持つ兄フィリップ(Philippe)の伝手で、2年がかりでシャンパーニュ地方をくまなく探し、わずかに現存していたアルバンヌ、プティ・メリエ、フロモントー、アンフュメの苗木を手に入れた2人は、1989~90年にかけてこの4品種を自社畑に植樹します。そして、1993年にアルバンヌとプティ・メリエ品種のブドウが、1994年にはフロモントーとアンフュメ品種のブドウを初めて収穫することができたのです。この収穫によってブドウの特性を見極めた2人は、翌1995年から古代品種4品種をアッサンブラージュしたキュヴェの醸造に着手しました。

 シャルドネやピノ・ノワール、ピノ・ムニエも使わないこのキュヴェは“ル・ノンブル・ドール カンパナエ・ウェテレス・ウィテス”と命名され、1995年、1996年、1997年と年を負うごとに完成度が高まっていきました。そして2002年に1997ヴィンテージがリリースされ、日本に初めて輸入されたのです。しかし、残念ながらアンフュメ品種だけは収穫量が少なく(わずか0.05ヘクタールの区画で栽培)、1997ヴィンテージにアッサンブラージュすることができなかったのです(*1997ヴィンテージのアッサンブラージュ比率は、アルバンヌ20%、プティ・メリエ50%、フロモントー30%)。しかし、シャンパーニュにとって非常に当たり年になった翌1998年、最後の古代品種であるアンフュメも無事収穫することができ、ついにアルバンヌ、プティ・メリエ、フロモントー、アンフュメ、シャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエの7品種が揃ったのです(*1998ヴィンテージのアッサンブラージュ比率は、アルバンヌ10%、プティ・メリエ30%、フロモントー30%、アンフュメ5%、シャルドネ10%、ピノ・ノワール5%、ピノ・ムニエ10%)。着想から実に17年、オブリ兄弟の夢のシャンパーニュがついに現実となりました。

 ところが,この夢には続きがありました。それは、ピノ・ノワールの突然変異で誕生し、19世紀末にブルゴーニュで最初に発見されたピノ系のもう1つの品種、ピノ・ブランを加え、正真正銘、シャンパーニュに使用が認められているすべての品種(8品種)をアッサンブラージュしたシャンパーニュを造ることでした。1992年にわずか0.05ヘクタールの区画に植樹されたピノ・ブランは、生産量が少ないこともあり、それまでアッサンブラージュに加えることができませんでした。しかし、1999年、初めて質、量ともに満足のいくピノ・ブランを収穫することができました。こうして、アルバンヌ10%、プティ・メリエ40%、フロモントー24%、アンフュメ1%、シャルドネ10%、ピノ・ノワール5%、ピノ・ムニエ5%、ピノ・ブラン5%の割合でアッサンブラージュされた1999ヴィンテージの“ノンブル・ドール”は、4年に及ぶ瓶内熟成の後2004年春にデゴルジュされ、さらにカーヴで6ヶ月の熟成を経て、2005年9月、ついにリリースされることとなりました。

ル・ノンブル・ドール(Le Nombre d'Or)とはフランス語で、絵画、彫刻、建築などの美学において構図に美感を与えるとされる黄金分割の“黄金数”を意味する単語。古代品種がシャンパーニュの味わいに“美感を与える黄金数”であるというオブリ兄弟の美学的信念が名前に込められている。

カンパナエ・ウェテレス・ウィテス(Campanae Veteres Vites)とはラテン語で、“シャンパーニュの古代品種”を意味する単語。